こんにちは。世界史周遊記です。

あなたは、人生の中で「やらかした経験」はありますでしょうか。

僕は、何回もあります。

ここでは言えないくらいのやらかしをたくさんしているのですが、

世界史の中でも、たくさんの「やらかしたこと」があるんです。

たとえば、第4回十字軍のコンスタンティノープル占領。

今回は、本来の目的を忘れて、個人的な欲情に動かされた人々のお話です。

Foundry CoによるPixabayからの画像

十字軍の派遣

11世紀後半、ビザンツ帝国はイスラーム教徒の国家であるセルジューク朝の侵攻にさらされていました。

そこで、ビザンツ皇帝アレクシオス1世は、ローマ教皇ウルバヌス2世にイスラーム勢力に対抗するための軍の派遣を要請しました

これが、十字軍派遣の一番最初のきっかけです。

要請を受けたローマ教皇ウルバヌス2世は、

「巡礼の目的地である聖地イェルサレムがイスラーム教徒のセルジューク朝に支配された」ことに対して

「聖地を回復せよ」という宗教的目的での十字軍の派遣を提唱。

そして、1095年11月27日、クレルモン宗教会議にて、ローマ教皇ウルバヌス2世がキリスト教徒に呼びかけ、翌1096年に第一回の十字軍が派遣されます。

Defence-ImageryによるPixabayからの画像

第4回十字軍派遣

第4回十字軍は1202年に始まりました。

実は、第3回十字軍の際、神聖ローマ皇帝(ドイツ王)フリードリヒ1世が事故死してしまいます。

神聖ローマ皇帝と長らく敵対関係にあったローマ教皇インノケンティウス3世は、

神聖ローマ皇帝の突然の撤退により、権威が最高値に達します。

インノケンティウス3世は、

「この機会のうちにヨーロッパを統合させる!」ということをめざし、十字軍の派遣を提唱した。

その要請に応えたのはフランドルやシャンパーニュなどの北フランス諸侯国。

そして、歴史的事件がここで起きます。

1202年に開始された第4回十字軍は聖地イェルサレムへ向かうのではなく、

コンスタンティノープルに向かうという驚くべき方向転換を行ったのです。

その背景にあるのが、北フランス諸侯軍の輸送を請け負ったヴェネツィアの商人たちの暗躍です。

北フランス諸侯軍は、輸送してもらった運賃を支払えなかったといいます。

そこで、ヴェネツィア商人たちは、ある策略を持ちかけます。

Vik MによるPixabayからの画像

それが、「当時100万の人口をほこり、東西貿易の要としてなおも繁栄していたコンスタンティノープルを占領しよう」というものでした。

北フランス諸侯はその策略に賛同し、コンスタンティノープルへ進軍します。

当初の目的とは大きく逸脱した行動をとる十字軍に対し、インノケンティウス3世は激怒。

自分で派遣した十字軍を破門するという前代未聞の事態がおきました。

しかし、十字軍は目前の利益をあきらめませんでした。

そして1204年、コンスタンティノープルを攻撃し占領、

掠奪に成功するのです。

Eduart BejkoによるPixabayからの画像

さらに周辺の都市やエーゲ海の島々を占領した十字軍は、

コンスタンティノープルを中心にラテン帝国を建設。

この成功を見たインノケンティウス3世は、破門を解いて十字軍を祝福しました。

ヴェネツィア商人の暗躍、第4回十字軍の迷走、

そして一度は破門にしたものの手のひらを返したインノケンティウス3世。

それぞれの思惑が交錯し、事態はとうとう収拾のつかない状況へと進展していくことになります。

キリスト教のローマ教会とコンスタンティノープル教会は、

1054年から教義上の対立から互いに破門しあい、キリスト教会の東西分裂に至っていました。

それでもどうにかこうにか交渉は続き、対立関係を修復しようという動きが何度も起きました。

しかし、この第4回十字軍がコンスタンティノープルを占領し、

ラテン帝国を建設したことによって両者の対立は修復困難な状態になりました。

PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

第4回十字軍がコンスタンティノープルを占領した際、ラテン人による強奪、殺戮、放火などの非人道的残虐行為が繰り返されました。

また、彼らが起こしたのはそれだけでなく、コンスタンティノープル総主教の廃位や、教会や修道院の財産没収といった東方教会への弾圧など、

東方教会(ギリシア正教)側のローマ教会への不信感が憎悪にまで高まる行動を起こしたのです。

いかがだったでしょうか。

さすがに「なにやってんの」と言わざるを得ない事件ですよね。

世界史の中にはおかしな事件が山ほど出てきますが、これはかなりトップクラスでいい加減です。

でも歴史は、人間が作ってますからね。

今を生きる私たちは「歴史をどのように読み取って生きていくのか」が問われているような気がします。

投稿者 ともの世界史

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA